ビルマにも桃太郎とよく似た 〔ビルマ・昔話・本〕

昔話があり、主人公は「親指小僧」になっている。

母が太陽を呪ったために、親指大に生まれる。

16歳のときに、太陽と戦うために大きな菓子を一つつくってもらって出かける。

真夏の太陽で、みんな苦しんでいる。

途中、干上がった川の船に会う。船は菓子ひとかけらをもらって食べて仲間になる。

以下、竹いばら、苔、腐った卵が同様にして仲間になる。

日の出を待つのに人食い鬼の家に入る。鬼が帰ってくる。

寝ると寝台の下にいた竹いばらが傷つける。

明かりをつけようと火に近づくと、卵が破裂して目に灰が入る。

目を洗いに行くとき、苔ですべって転び、首を折って死ぬ。

翌朝、小僧は仲間とともに太陽に挑戦する。

雨が小僧を支援して大雨を降らせ、洪水になるが、小僧たちは仲間の船に乗って帰る。

みんなが苦しんでいる乾期から、豊かな実りをもたらす雨期を迎える物語である。

これにも「旅する動物」の特徴がよく現れているが、食物を分けてもらって仲間になる趣向は「桃太郎」と同一である。

戦いの相手が、自然現象の主である太陽であるのは重要な特色である。

北アメリカ北西岸インディアンの半神的なワタリオオガラスの神話にある「南風との戦い」は、ワタリオオガラスが、激しい南風が吹いて飢餓状態で困っている魚類などの仲間を誘って、南風の主の家に行き、懲らしめて烈風を止めさせる、「旅する動物」の一例である。

これも気象現象の主を退治して豊かな暮らしを実現する話で、「桃太郎」やビルマの「親指小僧」が食物を分け与えているのも、飢饉であることを示すものであろう。

「桃太郎」の鬼も、人々を苦しめた鬼といわれているが、本来は飢餓をもたらす気象現象の主であったかもしれない。

「桃太郎」の発端としてよく知られている、爺は山へ柴刈りに、婆は川へ洗濯にという趣向は、もともと日本の昔話の語り始めの型、「語りの様式」の一つで、「瓜子姫」など、「桃太郎」以外の昔話にも用いられている。
update:2010年02月25日